しかし、三〇万人とも四〇万人ともいわれる超過滞在外国人の医療費問題の解決にはならない。
不法であれ合法であれ、働いていたからには、その労働によって利益を得ていた雇用主がいるはずだ。
彼女の雇用主に会い、治療費の分担をお願いする一方、扶助を受けられる道がないかと友人のK弁護士に相談した。
労災保険の適用はむずかしそうだから、生活保護を申請しよう、というのがKさんの結論だった。
三月二四日に関心を持つ者十数名が集まり、「ブレンダさんの闘病を支える会」を組織することにした。
当面の課題としては、ブレンダさんの医療費の募金活動をおこなう。
そして長期的な目標としては、制度的な外国人の医療扶助の実現である。
同月三〇日にKさんとS病院に赴き、ブレンダさんから委任状をもらい、四月一日に八幡市の福祉事務所を訪ね、生活保護の代理申請をした。
ところが同所長は定住者以外の外国人には生活保護を適用しないよう、京都府より指示されたという。
国際化、国際交流の推進、人権の尊重などが声高に語られているのに、緊急医療という最低限の人権すら保障されていない。
私たちは行動の指針を見つけるため、四月三日に「ブレンダさんの闘病を支える集会」を京都カトリック会館ホールで開催した。
そして、多くの方々から各地の経験や代案を教えてもらうことができた。
旧知のフィリピン領事も神戸から駆けつけてくれた。
この集会に励まされ、京都府知事に生活保護の適用を要望する行動をはじめた。
滞日外国人の医療保障日本における在留が法的にどうであれ、訪日外国人が病気になったり事故に遭遇する比率は、日本人の場合と変わらないであろう。
風邪や頭痛程度であれば、自国から携行した薬剤や、薬局の売薬で対処できる。
しかし、手術を要する傷病にかかったり事故にあったりすると、たいへんである。
旅行者向けの傷病保険に加人していればよいが、大半の低所得国からの入国者には、その保険料が高すぎる。
少しでも多く、本国の家族へ送金したいと考える出稼ぎ労働者の場合、保険に加入しないのが普通である。
日本人と同じように国民健康保険に加入するには外国人登録をおこない、一年以上滞在する人でなければならない。
健康保険制度から除外された短期の旅行者や超過滞在の外国人労働者には、日本の高い医療費を負担することは困難である。
他方、海外旅行に出かける日本人の数が多くなると、旅先で病気になる人も少なくない。
思いがけない事故や急病のために、救急病院に運び込まれることもある。
手厚い医療と看病を期待できるところもあれば、外国人というだけの理由で、患者をたらいまわしにするところもある。
それぞれの地域を構成する住民、医療機関、行政組織の人間的な品性が、あらわになる場面でもある。
私自身の体験を紹介しよう。
一九六五年末、セイロン大学に留学していた私は学期末の休暇を利用してスリランカの東海岸を旅行した。
聖地カタラガマから乗ったバスの旅の途中で、急に高熱がでて関節痛が激しくなり、動けなくなった。
そうすると隣に座っていた乗客が親切にも途中下車し、近くの商店の自動車を借りて、アンパトフ中央病院に連れていってくれた。
すぐにデング熱であると診断され、入院して治療を受けることになった。
退院の日、医療費を払おうとしたら、『この国では医療は無償です、外国人だからといって医療費を請求できません』と断られた。
お礼の言葉だけを受け取ってもらい、国内航空便で首都コロンボヘ飛んだ。
それ以来、スリランカでかれこれ七年くらい過ごした。
いまでも、毎年のように訪ねる。
そして私だけでなく家族まで、病院の世話になることが増えた。
一九七九年に、プールで遊んでいた長男が、飛込みに失敗してあごの骨を強く打ち、ひどい出血の創傷ができた。
大急ぎでコロンボ救急病院に連れていき、緊急手術をしてもらった。
このときも、医療費は受け取ってもらえなかった。
こんな経験は、スリランカだけではない。
一九八一年にロンドンに二ヵ月滞在したとき、家族全員の歯の調子がおかしくなり、虫歯を治療したり、義歯に取り替えたりした。
スリランカと同様、治療費はまったく請求されなかった。
年間一〇〇〇万人もの日本人が海外旅行に出かけているので、私のような体験をした人もたくさんいるに違いない。
一人あたりの国民所得が、日本の五〇分の一にも達しないスリランカで、外国人の無償診療がおこなわれている。
これに関連して、人民の基本的な権利を規定する際、日本国憲法が「すべて国民は」と記すのに対して、スリランカの憲法では、[すべての人は]とか「いかなる人間も」という表現を用いている。
日本の憲法や生活保護法上の文言が、『国民』に限定されているとしても、医療機関や自治体行政は伝統的に、医療における外国人差別を避けようとしてきた。
制度上の問題は少なくないが、救急病院などの急迫医療に関するかぎり、後に述べるように、一九九〇年まで外国人の傷病者に対する実質的な差別はおこなわれなかった。
一九四六年九月に制定された「旧生活保護法」でも、内外人平等主義の原則を採り、日本国に居住する外国人に適用していた。
旧法の施行のために出された旧基本通知において厚生省は、「本法による保護は、差別的または優先的な取り扱いをせず平等に保護するものであるから、宗教的社会的または国籍等の関係で不利な取り扱いをなさないこと」と自治体に指示していた。
これは単に建て前にとどまらず、一九四八年一月一日現在、日本で生活保護を受けていた外国人の国籍は、米、英、仏、独、蘭、中国など一七力国(無国籍をふくむ)におよんでいた(K『生活保護法の解釈と運用』全国社会福祉協議会、一九五一年)。
一九五二年四月二八日の「サンフランシスコ講和条約」発効にともない、一片の民事局長通達により一方的な「国籍喪失宣言」がなされるまでは、朝鮮半島や台湾の出身で日本列島に在住する人は、行政的にも外国人として扱われていなかった。
敗戦直後、日本人の生活が困窮し、多くの人びとが急迫状態に追い込まれていたときでさえ、生活保護という最後のよりどころには国籍差別がなされていなかったことに留意したい(T『在日外国人』岩波新書、一九九二年、第1章を参照)。
一九五一年五月に改正された現行法には、生活に困窮する者をすべて無差別平等に保護する、というすぐれた内容が盛り込まれた。
H厚生大臣は、衆参両院で「生活保護制度は、生活の困窮という事実を唯一の要件として、およそ生活に苦しむ者あらば、これを無差別平等に保護するというきわめて進歩した建前の上に成り立っていまして、世界におけるこの種の制度中もっとも進歩したもののひとつに属しているのであります」と提案理由を説明した(K、前掲書)。
しかしこの改正法は、『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』、という新憲法第二五条を基礎としたために、保護の対象か日本国民に限定されることになってしまった。
これは日本国憲法の排外主義的な側面である。
第三〇条で「国民は」と限定しながら滞日外国人にも納税義務を負わせている以上、第二五条のみならず、ほかの条項についても内外人平等主義に向かう必要があろう。
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